2017年08月06日

最期の言霊



最期の言霊

 

人間の設計図』著者 略歴
 
1926年(昭和元年)山形の生れ。
記憶力に優れ、大戦中は暗号兵として満蒙開拓青年団へ配属。
敵の捕虜になる前に自決を命じられ
腹に手榴弾を常備、飛交う銃弾の中を生き延びる。
背嚢を背負い舞鶴港へ着。
迎えに来た教員が
「何で生きて帰って来た!」とは叱らず、
「よく帰って来た」の一言に洟したと云う。
戦後、営林省へ勤務。
三人の子を授かり、山形で暮していたが
理由あって蒸発している。単身、名前を代え上京、
日本政財界を裏で操るセクトと関係。
『天書』(全四巻)に触れる。
今日の自然界の状態、現在の世の中を読み通し、
昭和58年2月『宣言書』を記す。(『五健法 機関誌』へ収録)
後に、医療や教育現場を中心に各地の講演会に招かれ、
自然界に於ける我々人間の、
あらゆる生活面での意識の変貌が
どのような理由でどう成ってしまうのか。また、
その中で生きて行かなければならない我々、
様々に悩み苦しむ人々の心身の問題をどう解消して行くか…
という内容を講話していた。
平成の世に変ってからは、政界財界、宗教界を問わず、
各界の著名人と対談を重ね、
今後の自然による革命について解き明し、
それを紋証・理証・現証として顕すことを前提に
人間の設計図』をはじめ、
幾つかの著書を残している。
2001年2月14日、他殺。享年75歳。
 
 
以上、初版『Bad Life』(2002年/彩図社)より一部を引用。
以下、117〜119ページより抜粋。
 
 
俺がこうなることはもう何年も前に云ってあったんですよ。
 俺はぜんぶ前もって云ってあるわけ。
 「こうなるよ」って。…でもちょっと早かったんですよね。
 みんなにとって…。俺も早かったかも知れないけど、
 世の中が遅いですよ、人が気づくのが。
 まだ何も始ってないし、全然 終ってもいないんですよ。
 これからだ。これからが本気になって
 無差別で、自然界がどんどんと人を殺して行くんですよ。

Q.先生は その先駈けだったんですか? 
え、何が、私が?
 …魁ではなくって、必要だったんですよ。今回のこれが…。
 別に前を急いだ訳でもないですよ私は。
 そんなことは今ひとっ言も云ってない!
 (暫くの沈黙)
 …「あと4年」て云ってもねぇ。……變ったんですよ。俺も。

Q.それで善かったんですか? 
善かったも兇かったも そういうことを云う前に、
 みんなが解らなかったんでしょう、俺のことを。誰一人として。
 …自分だってそうじゃない。
 解らなったから今日があるんですよ。
 俺が何なのかを云う前に
 みんなが…、自分が何なのかだよ。

Q.解らなくていいんですか? 解らせなくても。
 「解りたい」と望む人はまだ大勢いると思うんですけど。
 云い方を変えると
 “これ以上気づかせなくてもいいのか”ということなんですけど…。
 以前、僕には、「この仕事は気づかせることだ」と教えてくれましたが、
 それが万人に共通して、
 今もなお続けるべきこと、…仕事、役割じゃないんですか? 
「解りたい」というか「気づきたい」という人の頭が、
 もう全然 違うんですよね。
 …でも何も彼も ぜんぶ罷めた訳じゃないんですよ。
 だから今やってるでしょ。俺のいなくなった後も。
 …最後にどこか、そうさせて そう残したかったわけ。
 ちゃんとやってますよ。私の遺志を引き継いで…。ちゃんとやってる。
 やらせてるんですよ、まだ。

Q.「百まで生きる」って云ってて、あと25年あったし
 「一生に一冊はちゃんとした『人間の設計図』残したい」って云ってたし、
 「10億も20億も獲れるようになって、
 そん時は また呼び戻すよ…」とも云ってたし、
 他にも訊きたいことはいっぱいあるんですけど、
 どうすればいいですか? 
自分でやってみて、誰にも何にも遠慮することないから。
 全部できるようになってるから。やってみて。

                  二〇〇一年二月十四日 未明
 
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西暦で1993年9月の出版へ至るまで
当初この本は2年ちかくを費やして
幾つもの出版社と著者との間で折り合いがつかず
最終的に版元が恵友社に決ってからの半年間で
急いで編集されたために
まともな校正は まったくされていない。
印刷の直前に恵友社の配慮で
社長室へ慶応大学と早稲田大学の教授が招かれ
いわゆる差別用語や、世に出版されるには
社会的に相応しくない表現のチェックは入ったものの
『肺と大腸と鼻』の重要な項目の記述モレ、
口述記録を文字に起こす段階の勝手な解釈への改変や
誤字・脱字その他の多くの誤植が修正されぬまま
本書の価値観とは別に、書籍としては
なんとも"お粗末な出来"である。
編集と代筆に携わった者が云うんだから
まちがいない。
 
昭和を生きぬいた日本人として
著者は厳格な人物だったが
「人間の設計図なんてタイトルの本に
『肺と大腸と鼻』がない?
そんな‥、もう私は笑うしかないよ」

決して誰かを叱りつけたり咎めることはなかった。
が、しかし、1999年10月14日、
東京ステーション・ホテルで最期に著者とお逢いしたとき
「あれは『人間の設計図』じゃない!
死ぬまでに一生に一冊は
ちゃんとした『人間の設計図』を残したい」

そうはっきりと明言されていた。
残念ながら著者は、その晩年に
食事や睡眠も満足にとれぬほど毎日のように無理をさせられ
健康を害され、帰らぬひととなってしまったが
側近の者は、そうなる何年か前に
著者の娘さんから
「今のままじゃ先生しんじゃうよ」と忠告されていた。
この本には、そういう経緯がある。
 
今からでも遅くない。
人間の設計図』という本書が本当に
全人類へ向けて出版された透明感あるホンモノなら
この本の出版にあたった主謀者および関係者は
ただちに再編集と再出版の準備に取りかかったほうがいい。
見栄や体裁を見繕い、本当のことを隠してはいけない。
人間の設計図』という本には
寸分の邪気も あってはならないし、
生前の著者が望んでいたことをいつまでも
遣り残したままにしておいてはいけない。
 
 
2017年8月6日 みなみ まさあき
 
 
 
   『人間の設計図』
 
posted by badlife minami at 08:15| ニューヨーク ☁| Playhouse Down | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする